大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ワ)415号 判決

原告 小川道太郎

被告 松沢貞太郎 外一名

主文

原告の被告両名に対する請求は何れも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告松沢貞太郎は原告に対し別紙目録記載(一)の(イ)の建物を収去して、別紙目録記載(二)の土地の中右建物敷地を含む九坪五合八勺の土地を明渡し、且つ昭和二十九年十月十一日から右土地明渡済に至る迄一ケ月金七百七十円の割合による金員を支払え。被告若林勝三郎は原告に対し別紙目録記載(一)の(ロ)の建物を収去して、別紙目録記載(二)の土地の中右建物敷地を含む十五坪二合の土地を明渡し、且つ昭和二十九年十月十一日から右土地明渡済に至る迄一ケ月金一千二百円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は別紙目録記載(二)の土地の所有者であるが、昭和九年十月一日被告松沢貞太郎に対し右原告所有土地のうち東側道路に面する部分九坪五合八勺を期間二十年、地代一坪につき月九十銭(其後値上によつて現在は賃料一ケ月七百七十円)、毎月末日払の約定で、又被告若林勝三郎に対し右原告所有土地のうち東北隅の一角の部分十五坪二合を期間二十年、地代一坪につき月八十五銭(其後値上によつて現在は賃料一ケ月一千二百円)、毎月末日払の約定で、それぞれ建物所有の目的で賃貸借契約を結び、被告両名はそれぞれ右賃借地上に建物を所有していたところ、右建物はいずれも昭和二十年二月二十五日戦災によつて滅失した。従つて被告等の本件土地借地部分は罹災建物の敷地として罹災都市借地借家臨時処理法の適用を受け、同法第十一条により被告等の借地権の残存期間は十年間とせられたので被告等の借地権は昭和三十一年九月十四日まで存続することになつた。

(二)  被告両名から昭和三十一年一月二十五日付内容証明郵便で本件土地中被告等借地部分の賃貸借契約の更新を求めてきたので、原告は昭和三十一年二月三日付内容証明郵便で自己使用を理由として契約更新に応ずることが出来ない旨の回答をなし右回答は同日被告等に到達した。よつて被告両名の本件土地中被告等借地部分についての賃貸借契約は昭和三十一年九月十四日を以て終了している。なお原告が本件土地を自ら使用することを必要とする正当の事由は次のとおりである。

本件土地は国電神田駅の向い側角にある第一銀行神田支店ビルの横町約三間半巾の道路を凡そ三百米程行つた右側に位し、右道路に沿い、間口二、二五間、面積九坪五合八勺の被告松沢貞太郎の借地があり、被告松沢の借地に隣接して原告の実弟で訴外株式会社日本シヤフト製造所取締役たる訴外小川徳郎の面積二十三坪五合の借地があり、訴外小川の借地に隣接して面積十五坪二合の被告若林勝三郎の借地がある。原告が取締役の一人である訴外株式会社日本シヤフト製造所は本店をその工場所在地である荒川区日暮里町六丁目二百七十番地にもち鋼材引抜、シヤフト加工並に販売及び一般機械工作を営業目的とする株式会社で株主は殆んど同族であるが、本店と営業所と工場とが一ケ所にあり、本店並に営業所が日暮里では訴外会社の金融政策上極めて条件が悪く、そのため従来から本店並に営業所の敷地として適当な場所を物色していたが見当らなかつた。従つて本件土地中被告松沢の借地部分並に被告若林の借地部分及び訴外小川徳郎の前記借地部分を併用して本店並に営業所建設敷地とすれば本件土地附近には鋼材及び地金類の問屋街があつて交通上金融上絶好の場所である。又原告の父で右訴外会社の代表取締役である小川鉄造は胃部切開後会社の業務を見ることが出来ないので原告は長男として実質上訴外会社の経営を担当しており、又訴外会社は原告にとり唯一無二の生活の源泉である関係から原告は本件土地を是非とも必要とするのである。

(三)  そこで原告は賃貸借契約の終了を理由に被告松沢貞太郎に対し別紙目録記載(一)の(イ)の建物を収去して別紙目録記載(二)の土地の中右建物敷地を含む九坪五合八勺の土地を明渡すとともに、昭和二十九年十月十一日から右明渡済まで一ケ月金七百七十円の割合による賃料相当の損害金の支払を、被告若林勝三郎に対し別紙目録記載(一)の(ロ)の建物を収去して別紙目録記載(二)の土地の中右建物敷地を含む十五坪二合の土地を明渡すとともに、昭和二十九年十月十一日から右明渡済まで一ケ月金一千二百円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

と述べ、

被告等主張の抗弁事実を否認し、立証として甲第一号証、第二、三号証の各一、二、第四、五号証、第六、七号証の各一、二、を提出し、乙第一、二、四、五号証、第七号証の一、二の成立を認め、第三号証中承諾書とある部分の成立は否認するがその余の部分の成立は認め、第六号証の成立は否認すると述べた。

被告等訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  原告主張の請求原因事実中被告等の賃貸借契約更新の申入れに対する原告の更新拒絶が正当の事由に基くものであるとの点を除きすべて認める。

(二)  被告等はそれぞれその賃借土地に左のような建築をした。

(イ)  被告松沢は昭和二十一年十月二十五日頃原告の承諾を得て、その頃木造トタン葺平家建居宅一棟を建築し、次いで疎開先より家族が帰京し手狭となつたので右建物を取毀し、昭和二十三年十一月十五日頃原告の承諾を得てその頃借地権の残存期間を超えて存続すべき木造瓦葺二階建居宅一棟建坪七坪二階四坪五合の建物を建築した。

(ロ)  被告若林は昭和二十年十二月十五日頃原告の承諾を得てその頃九坪の建物の建築に着手したが、昭和二十二年六月十二日頃原告の承諾を得て右建物の建築を変更しその頃木造杉皮葺平家建一棟建坪十二坪五合の建物を建築し、更に昭和二十三年十一月八日頃右建物に増築をなし、よつて借地権の残存期間を超えて存続すべき木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十二坪五合二階九坪の建物を建築した。

右の通り被告等は何れも原告の承諾を得て明らかに借地権の残存期間を超えて存続すべき建物を築造したのであるが、その承諾を得る際借地権の残存期間に付当事者間に何等の話し合いがなかつたから借地法第七条の規定に準じて建物滅失の日である昭和二十年二月二十五日から二十年間即ち昭和四十四年二月二十四日迄被告等の借地権は存続するものである。

(三)  仮りに原告が(二)に述べた建物の建築に際し承諾を与えなかつたとしても原告は遅滞なく被告等に対し建物の築造につき異議の申出をなさなかつたのであるから借地法第七条により被告等の借地権は昭和四十四年二月二十四日迄存続するものである。

(四)  被告両名の契約更新の請求に対する原告の契約更新拒絶は正当の事由に基かないものである。すなわち

(イ)  訴外株式会社日本シヤフト製造所は原告がその取締役の一員であつても原告とは別個の人格であるから本件土地を右訴外会社の本店並に営業所の敷地とするということは原告自ら使用するということではない。仮りにそうであつたとしても原告自ら使用することとの関係は稀薄となる。

(ロ)  右訴外会社の本店並に営業所が現在存するところの荒川区日暮里六丁目は本件土地程ではないけれども交通至使の土地である。その上現代は通信機関が発達しているから日暮里から神田に本店並に営業所を移してみてもそれ程差のないものである。

(ハ)  右訴外会社が強いて都心に本店並に営業所が欲しいというのであれば訴外会社の規模から云つて原告の実弟たる小川徳郎宅の敷地二十三坪五合を利用すれば充分である。更に原告が訴外会社の製品及び材料置場も必要であると云つてもその主張は本件土地の現況からみて合理性がない。

(ニ)  原告は本件土地附近には鋼材及び地金類の問屋街があつて絶好の場所であると主張するが本件土地附近にはそのような問屋はない。仮りにそのような問屋があつても交通及び通信の発達した現代に於てはそういうことは大したことではなく、又金融上よい場所であると主張するが、この点についても日暮里と本件土地とは全然差異はないものである。

(ホ)  原告はその肩書住所地に広さ千坪に及ぶ敷地に堂々たる邸宅を構え、本件土地の外、日本橋室町及び浅草に土地を有する大地主である。

一方被告松沢宅は住宅であるけれども、被告若林宅は本件建物で印刷及び製本等の業務を営むと共にその二階を住居に使用している。そして被告両名共本件建物がそれぞれの唯一の財産であつて他に備蓄とてないのである。若し本件建物を収去された場合被告等は絶対的な窮地に陥るのである。

以上の通りであるから原告の契約更新拒絶は正当の事由があるとは云い得ないので、更新拒絶の効力を生じないものである。

と述べ、

立証として、乙第一乃至六号証、第七号証の一、二を提出し、証人松沢幸江、同若林数男の各証言並に、被告本人松沢貞太郎、同若林勝三郎各尋問の結果を援用し、甲号証の成立はすべて認めると述べた。

理由

(一)  原告主張の請求原因事実については被告等の賃貸借契約更新の請求に対する原告の更新拒絶が正当の事由に基くものであるとの点を除き当事者間に争がない。

(二)  先づ被告等は何れも借地権の残存期間を超えて存続すべき建物を築造し、その築造に対し原告の承諾があつたから借地法第七条の規定の準用により、仮りに原告の承諾がなかつたとしても右築造に対し原告は遅滞なく異議を述べなかつたから借地法第七条の規定により被告等の借地権は昭和四十四年二月二十四日まで存続する旨主張するのでこの点につき判断する。

被告等の借地権が罹災都市借地借家臨時処理法第十一条により昭和三十一年九月十四日まで存続することになつたことについては当事者間に争のないところであるが右処理法に借地法の特別法であり又処理法第十一条は借地法第四条第六条第七条等に対する特別規定である。処理法第十一条の規定が設けられた趣旨は、建物が罹災して建物が存在しなくなると借地法第四条及び第六条の保護規定の適用がなくなり又借地権者が残存期間を超えて存続すべき建物を築造しようとすると土地所有者はこれに対し異議を述べることができる(借地法第七条)ので、罹災地に存する残存期間の短い借地権は更新の途がなく甚しく不利益となるものでかかる不利益から借地権を保護しようとするものであり、処理法第十一条により同法施行の際罹災地にある借地権の残存期間が十年未満のときは十年とされたのである。而して特別法上の特別規定は一般法の規定に優先して適用されるのであるから本件の場合の如く処理法第十一条により借地権の残存期間が法律上当然に右施行の日から十年間とせられた借地において、右借地上に戦災により滅失した建物に代え新しい建物を築造しようとする場合には借地法第七条による更新の余地はないものと解せられるのでこの点に関する被告等の主張は採用できない。

そこで次に被告等の賃貸借契約更新の請求に対する原告の更新拒絶が正当の事由に基くものであるかどうかについて判断する。原告は原告が取締役の一員である訴外株式会社日本シヤフト製造所の本店並に営業所の建設敷地として本件土地を使用する必要があり右訴外並に営業所の場所として本件土地が交通上金融上絶好の場所であること竝に原告と右訴外会社との密接な関係を主張するがこの点に関する立証は何等なされないので右の事実を認めることができず、一方被告側の事情については証人松沢幸江、同若林数男の各証言並に被告本人松沢貞太郎、同若林勝三郎の各尋問の結果を綜合すれば被告両名とも本件建物がそれぞれの唯一の財産であつて若し本件建物を収去しなければならない時は他に行くところがない状態にあることを認めることができる。してみれば原告は被告等からの賃貸借契約の更新の請求に対し更新拒絶をするについて正当の事由を有するものとは認めることはできないので右賃貸借契約を終了させることはできないものというべきである。

結局原告の本訴請求は何れも理由がないのでこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 田中宗雄)

目録

(一)(イ) 千代田区神田鍛冶町二丁目八番地三所在

一、木造瓦葺二階建住家一棟家屋番号八番三六

建坪七坪 二階七坪

(ロ) 千代田区神田鍛冶町二丁目八番地所在

一、木造板葺二階建店舗一棟

建坪十三坪 二階十坪二合五勺

(二) 千代田区神田鍛冶町二丁目八番三

一、宅地 百十八坪四合六勺

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例